もうなにも食うもんがない。腹が減った。夜中に腹が減って目が覚めて、残っていたトースト1枚にチューブのバターをぬって、砂糖をふりかけて食った。それでも腹が減ったので、チューブに口をつけてバターをちゅーっと吸ってみた。唇が脂っぽくなった。テントをたたく雨音が少し小さくなった瞬間をねらって外に出てみた。一瞬満天の星空を期待をしてみたが、空は真っ暗だった。足下に内牧温泉のあかりがすぐ近くに見える。あそこまで行けば、こんなひもじい思いもせずに済むのにと恨みがましい思いをこめて内牧温泉めがけて小便をしてまた寝た。
なんとか雨もあがった。また振りだしたりしないうちにさっさと撤収して出発。九重のほうだけが切れてはいるが、低くたれこめた重い雲がどんより空を覆い尽くす。きのうここに到着したときの晴れやかさというものがまったくなく、考えてみればこうして48年目の1日がスタートしたのだった。外輪からだらだらと菊池に向かって下って行く。気分はいまいち暗い。そんなに暗い気分の原因は・・・ずばりひもじいのだ、腹が減ってるのだ。
R57に出て、すぐにマクドにとびこんで、ホットケーキのモーニングにがっつく。ホッとひといき。でもひとりでツーリングに出たときのマイナス要素が極大に達している。ゴアのカッパがずっしり重くて冷たい。人と一緒に走ってたらこういうときでも天気のことなどぼやいてでも笑ってられるけれど、一人だとひたすら沈んで行くばかり。しかしそれも自分が望んだことなのだから
天気の悪さにめげて阿蘇を北から南へ縦断するのはあきらめて海の方に出るコースを選ぶ。少しでも高度が低いほうが地形的な雨から逃げられるという考え。R57はどうにもならないくらい退屈。熊本インターのところに肥後ズイキを売る店があると聞いていたんだけど、やっぱりでかでかと
肥後ズイキと書かれた看板の大人のオモチャ屋があった。しかし、しかしだ、肥後ズイキを買うたからってどうすんだよ(i_i)
宇土から三角半島の北側を走る。雨は降ってはいないもののどんより曇って、まるでいまの自分と同じ。島原湾越しに雲仙が見える。あの火砕流のあとも見える。ひとりどんよりした気分にはまったままでいてもどうにもならないんだと思い直して、海に面した広い空き地にバイクを止めてハニーに電話を入れた。
三角の瀬戸をぐるっと回りこみ、天草五橋のひとつめの天門橋を渡っていよいよ天草へ。が、どうもいまひとつ天草に渡ったという気がしない。車の流れのままに走っているとじきに天草五橋の二つ目から五つ目まですべて渡りきってしまう。まったくぱっとしない。天気の悪さもあるだろうけれど、離島イメージなんてのはまったくなくて、そらそうだ、橋で本土と地つながりだから。いくつもの橋を快走なんてイメージとはほど遠く、どこにでもあるような2ケタ国道と変わらない。天草に橋がかかってと大々的にニュースで報じられて、たしかそのとき小学生だったはずだけど、そのニュースのイメージではもっと天草はきらきらと光り輝いていた。あれからもう四十年から経とうとしてるのだから、そうしたイメージも四昔前のものでしかないわけだ。昔が四つも回ると、ただの一地方の町に風化してしまうのかもしれない。あまりのイメージとの落差にがっくり来て、国道を離れて県道34-天草街道を走ってもみたが、単なるいなか道というだけで、そこにもきらきら光るものがない。やっぱり天気のせいもあるんだろうけど退屈。
上島から下島へ渡る。切支丹館だとかあったんだろうけれど、本渡も単なる一地方の町にしか見えないまま本渡を通過。県道24で下島を横切って下田温泉へ。やっと雲も切れてまた真夏の太陽が照りつけだしたんだけれど風呂にする。共同浴場はどうやらつい最近に建て替えられたらしくクアハウスと同じ建物の中にあった。入り口は同じで、入ったところでクアハウスと共同浴場に別れる。どないちゃうねんというもの。当然、安いほうの共同浴場に入ったけれど、湯はきっと循環だろう、いまいち(-.-) 小ぎれいすぎんだよって、それはボクの不満であって、誰だってすすけた風呂より真新しいきれいな風呂に入りたいはず。でも..
とにかく風呂に入ってきれいきれいになって気合いも入れ直したところで、ちょっとは天草らしくなってきた、というのも変か(-。-;) そしたら天草らしさってなんだって聞かれるな。ひとりツーリングに出て、見知らぬところを走ってるなという感じになってきたということかな。そこまでの天草は、別に天草を走らなくても実現されそうなところだった、というのが正しい表現だな。
しかしちょっと天気を持ち直したのは風呂に入る直前だけ。相変わらずうっとおしい天気。だーっと降りださないのが不思議なくらい。「爽快感あふれる2車線サンセットライン」とツーリングマップに書いてるけれど、とてもそんなんと違うて、ただひたすら車のほとんど通らない道を走るだけだから、じきに大江に着いてしまった。まずはロザリオ館に入ってみる。別になんてことはなくて、天草ってところは島原の乱というより、そのあとの隠れ切支丹の地だってことを知ったくらい。ロザリオ館のすぐ裏の丘の上に大江天主堂までバイクで駆け上がる。ふー、こういうところはひいこら言いながら歩いてあがってこそ値打ちがあるんじゃないのか。
観光客はほとんどいなかった。しんと静まり返った天主堂の中に入ってみると、シスターがひとり両手を前に組みあわせてじっと祈りを捧げている。そういうところで物見遊山的に、ほーっとか、あたりを見回すだけの観光客ってのもおるんだろうな。誰も信じないかもしれないけれど、その雰囲気の中でボクもちょっと離れた長椅子に腰掛けてしばし黙想、懺悔。誰や、(笑)とるのは(^_^;) いやマジでちょっと敬虔な気持ちに浸りたいときもあるやろ。少なくともそのときボクはそうやったんよ。何を懺悔したかって、それは、ひ・み・とぅ(笑) ああ、ちょっとハニーのことを考えてたんです。ハニーのことで反省なんてガラにもないことをしてたんですぅ。もっと優しくならないと、なんて考えてたんです。
シスターがふうっとボクの方を振り返って軽く会釈する。ボクもそれに返して会釈した。ボクよりも5つ、6つ年上だろうか。シスターはまたさっきまでの姿勢に戻って何かを祈り続けている。ほとんど音というものは聞こえない。耳の奥でジーンと耳鳴りがする音だけが聞こえる。ううん、やはりここは観光スポットである以前に、現実的に彼女にとって、なんというたらええのか、祈りの場所というか、宗教上の空間で、そういうところにずかずか踏み込んで行くのもためらって当然なんかなぁと思えてくるのね。ボクは席をたちあがって、聖堂の壁に掛けられた額を2,3枚見た。どれもキリストが十字架を背負って歩く姿。『天主堂維持のため、パンフレット100円でお願いします』と書かれてあって、献金箱がおかれてあった。50円玉と10円玉5枚、入れて外に出た。外に出てブーツのひもを締めていると、シスターが聖堂から出てきた。
「どちらからですか」
「大阪です」
「わたしは京都の山科なんですよ」
とシスターは静かに話す。
「19のときに修道院に入りまして」
「函館ですか?」
と、修道院といえば函館しか頭にない。ちょっと情けない。大阪がいちばん修道院が多いらしい。こういう場合、どうしてそんな若いうちに修道院に入ってしまったんだとか聞いてはアカンのだろうな。ふっと三島の『春の雪』で聰子が出家したのが頭に浮かぶ。ハニーが突然修道院に入るなどと言い出したら、なんてことまでふっと頭をかすめる。
「きょうはどちらまで」
「牛深からフェリーに乗って鹿児島に渡ろうと思ってるんです」
「野宿されてるんですか。なんなら裏の保育所のところが空いているのでそちらにお泊りなってもいいですよ」
空は黒い雲がどんよりとたれこめて、いつ降り出してもおかしくない様子だった。あのとき、雨さえ降っていたら、え、ほんとうに泊めてもらってもいいんですか、と答えてたかもしれない。でもなんだか聖なるところに、というのが先にたってしまう。うーん、いま考えてみると、そういうところで一晩眠るというのも二度とない経験になったかもしれないのに、
「あ、いいです、いいです。まだもう少し走っておきたいし」
などと答えてしまっていた。

大江から崎津までもほんのわずか。空はますます黒くなってきた。どうしてシスターの申し出を断ってしまったのか後悔し始める。
崎津は小さな漁村で、猫が一匹ゆっくりと歩いていた。その漁村にとって、そこに建つ天主堂は以前はもっともっと異質な空間だったように思える。天主堂の中をちらっと見る。がらんとして誰もいない。そこにじっと一人たたずんでいようとしても時間がもちそうにもない。外に出るとまたぽつぽつ雨が降り始めた。気分はどんどん沈んでいく一方。どうして大浦のシスターの申し出を断ってしまったのか。。。
時間的にさほど遅いわけでもない。まだ5時になるかならないかの時間なのに、もう7時近くに感じられるのは天気のせいか。何かをかなぐり捨てるように牛深まで一気に走る。なんとか雨だけはもちこたえた。牛深から長島までフェリーはさほど待つこともなくじきに乗れた。フェリーの中からモッチャンに携帯を入れて20日に天神近くのビジネスホテルの予約を頼む。地図をよくみるとフェリーで渡った先の長島はまだ本土でなかった。その長島の海沿いの道を車について走って、本土とつなぐ橋の食堂にとびこんだ。48歳の誕生日を刺身定食でひとりで祝う。

しっかり日が暮れてR3を坦々と南下する。串木野でコンビニで明日の朝の食材と爪切を買って、念のために水を入れてもらおうとペットボトルをカウンターのねえちゃんに渡したら、ペットボトルの外側に水をじゃあじゃあかけて洗ってくれてる。そんなん洗ってもらわなくてもいいですよーって。
R270に入るとあたりは真っ暗。市来から吹上浜まで少しと思ってたのにけっこう遠く感じた。やっとのことで吹上浜のキャンプ場に着いたのがもう9時を回ってたか。事務所で200円(だったと思う)を払って、がら空きのキャンプ場にテントを張ってふっと一息。お盆も終わってしまったせいか、静か。