そんなこともあったかな、と
   奥耶馬〜阿蘇
■ 99/08/16 Mon ■ 

起きたらもうとうに9時を回っていた。ちょっとお疲れが出てきたのかもしれない。それはそれでよしだな。ゆっくりトーストとコーヒーのおきまりの朝めしを楽しんだ。きのうの朝はボンベ切れてたからコーヒーなしやしね、朝にうだうだうだと3杯もコーヒー飲めるのはいいことだ。
出たのが11時を過ぎてた。野峠を越えるときに英彦山が見える。修験道の山なんよね、高さがそないにあるわけでもないのに、山深く感じられる。そこからだらだらと下ってR212に出たところでガス。きのうもうちょっと走っときたかったけど、ここまでスタンドなかったということは蛇淵で泊って正解だったかもしれない。R212を中津の方に走って耶馬渓ダムから県道に入る。まず目指すのはマップに『板塀に囲まれただけの24時間OK 無料露天風呂』と書いてある、かやの木温泉。ほんとはきのうそこまで走って一晩温泉入っといたろなんてかんがえてたんだけど。ところがそのあたりにもうさしかかってるはずなのに、それらしき温泉はない。変だなと思いながら、道端で地鶏の焼き鳥を焼いてるおばちゃんに尋ねてみたら、もうその温泉はないという。がくっ(>_<) なんでもその温泉をもっていた人がそこにホテルを建てたのでつぶしてしまったとか。
おばちゃんはうちわでぱたぱたと炭をあおいで焼き鳥を焼いてる。つい1本ちょうだいと焼き鳥の串にしゃぶりついた。う、うまい! こりこりした地鶏の歯ごたえがなんとも言えない。「やっぱり地鶏はおいしいなぁ」というと、おばちゃん冷蔵庫から冷たいお茶を入れてくれた。目的の「かやの木温泉」が×で、それならと深耶馬温泉の公営の温泉センターに入った。140円。温泉センターといっても、ふつうの民家に大きいメの風呂があって、入ってすぐの座敷が休憩室になっていて、7,8人そこに寝転がっていた。とりたてて特徴のある湯とは違うたけど、風呂から上がったらどっと汗が噴き出した。ほんまはGパンなんか履かないでトランクスいっちょで寝転がってたい気分やってんけど、その休憩室は相変わらず人がおったし、腹も減ってたので、さっきの焼鳥屋のおばちゃんとこに戻って、「ああ、ええ気持ちやったぁ〜、おばちゃん、鶏ももちょうだい」と今度は骨付きのもも肉にむしゃぶりつく。ももの方は塩の素焼きやなくてちょっとタレつけたったので甘くて、串の方がうまかった。でもほんま地鶏はうまいわ。肉の味が濃いんよ。こんな鶏食いながら、しかも風呂上りやで、ボク酒飲みちゃうからええけど、さすがにボクでもビール飲みたくなった。飲めへんかったけど。
さてと鶏を昼ごはんかわりにして、耶馬渓の岩壁をながめながら走り出した。ところがものの5分も走らんうちにポツっと来たな、ウソやろぉーと、みる間に降りだして、まさに驟雨ってやつ。まだ降りだしたときには、また《走ったら乾く》と思うてたんやけど、どんどん雨は強くなるばかりで、短いトンネルの出口に止めて雨やどり。回りの木立の緑が雨に濡れて輝くのを楽しんだ。10分ほどで雨は上がった。

雨上がりの道をちょっと走ったら、玖珠のインター。あれ、ここ来たことあるなぁと、ああ、2年前の「温泉行こう!」でクルマで来たとこやんか。ということはここからは前にクルマで走ったことある道やん。壁湯とか宝泉寺温泉とかを通り過ぎる。ゆっくり入って行ったらええのに、どうもいかん。前へ前へずんずん走るクセが(;-_-メ;) あのハゲの湯への分岐のとこもすっと通り過ぎて、どんなふうにしたらゆっくり温泉三昧してうだうだ走れるんやろ。小国を通り抜けて、ちんたらクルマの後ろついて走ってたら、じきに阿蘇の外輪にあがってしまった。阿蘇はきょうは上の方がガスかぶってるけど、ここに上がったら、ほんまに気持ちがいい。
あの『失楽園』をパロって遊んでた広っぱどこやったんやろ探しながら走る。ふっと思いついたんやけど、あのとき一緒に行ったかなもマッキーももう博多にはおらへんのや、早いなぁ2年間なんて。どんどん変わって行くなぁ。
ふいっと見晴らしのよい広っぱを見つけて入っていった。バイクを止めてふぅーっと大きく息を吸い込む。それからぐるっと360度。2年前のあの場所とはちがったけれど、クルマもほとんどいない。自分だけの景色に酔いしれた。決めた! きょうはここで寝よ。まだあんまり走ってないけど、ここで星を見よ。決めてしもたら、すばやかった。さっさとテントを張って、イスを広げて、どかっとすわりこんでコーヒー。そして読書、と思いきりひとりごちる。
  男に逢いに行く前のシャワーの瞬間は快感だと...
考えてみれば、ここ何年も、その年齢の最後の日の太陽が沈んでいくのをひとりで見ている。静かに自分にとっての一年を振り返る。当然のことだけれど反省などしない。じっと想いを巡らせてみる。そういう時を持つことのできることに感謝。

太陽が沈むとぐっと涼しくなってきた。と、同時にぽっつらぽっつら雨が落ちてき始めた。ちっ、飯はどうすんだ? 何にも食うもんなどないぞ。どうすんだ?どうすんだ?と思案しているうちに、風も強くなり始めた。そして雨粒が大きくなってきたようで、テントをばらばらばらと叩く音が一段と大きくなってきた。寝たら腹の減ってることなど忘れてられる。それしかない。


 Oh! シスター
   阿蘇外輪〜吹上浜
■ 99/08/17 Tue ■ 

もうなにも食うもんがない。腹が減った。夜中に腹が減って目が覚めて、残っていたトースト1枚にチューブのバターをぬって、砂糖をふりかけて食った。それでも腹が減ったので、チューブに口をつけてバターをちゅーっと吸ってみた。唇が脂っぽくなった。テントをたたく雨音が少し小さくなった瞬間をねらって外に出てみた。一瞬満天の星空を期待をしてみたが、空は真っ暗だった。足下に内牧温泉のあかりがすぐ近くに見える。あそこまで行けば、こんなひもじい思いもせずに済むのにと恨みがましい思いをこめて内牧温泉めがけて小便をしてまた寝た。

なんとか雨もあがった。また振りだしたりしないうちにさっさと撤収して出発。九重のほうだけが切れてはいるが、低くたれこめた重い雲がどんより空を覆い尽くす。きのうここに到着したときの晴れやかさというものがまったくなく、考えてみればこうして48年目の1日がスタートしたのだった。外輪からだらだらと菊池に向かって下って行く。気分はいまいち暗い。そんなに暗い気分の原因は・・・ずばりひもじいのだ、腹が減ってるのだ。
R57に出て、すぐにマクドにとびこんで、ホットケーキのモーニングにがっつく。ホッとひといき。でもひとりでツーリングに出たときのマイナス要素が極大に達している。ゴアのカッパがずっしり重くて冷たい。人と一緒に走ってたらこういうときでも天気のことなどぼやいてでも笑ってられるけれど、一人だとひたすら沈んで行くばかり。しかしそれも自分が望んだことなのだから
天気の悪さにめげて阿蘇を北から南へ縦断するのはあきらめて海の方に出るコースを選ぶ。少しでも高度が低いほうが地形的な雨から逃げられるという考え。R57はどうにもならないくらい退屈。熊本インターのところに肥後ズイキを売る店があると聞いていたんだけど、やっぱりでかでかと

肥後ズイキ
と書かれた看板の大人のオモチャ屋があった。しかし、しかしだ、肥後ズイキを買うたからってどうすんだよ(i_i)
宇土から三角半島の北側を走る。雨は降ってはいないもののどんより曇って、まるでいまの自分と同じ。島原湾越しに雲仙が見える。あの火砕流のあとも見える。ひとりどんよりした気分にはまったままでいてもどうにもならないんだと思い直して、海に面した広い空き地にバイクを止めてハニーに電話を入れた。
三角の瀬戸をぐるっと回りこみ、天草五橋のひとつめの天門橋を渡っていよいよ天草へ。が、どうもいまひとつ天草に渡ったという気がしない。車の流れのままに走っているとじきに天草五橋の二つ目から五つ目まですべて渡りきってしまう。まったくぱっとしない。天気の悪さもあるだろうけれど、離島イメージなんてのはまったくなくて、そらそうだ、橋で本土と地つながりだから。いくつもの橋を快走なんてイメージとはほど遠く、どこにでもあるような2ケタ国道と変わらない。天草に橋がかかってと大々的にニュースで報じられて、たしかそのとき小学生だったはずだけど、そのニュースのイメージではもっと天草はきらきらと光り輝いていた。あれからもう四十年から経とうとしてるのだから、そうしたイメージも四昔前のものでしかないわけだ。昔が四つも回ると、ただの一地方の町に風化してしまうのかもしれない。あまりのイメージとの落差にがっくり来て、国道を離れて県道34-天草街道を走ってもみたが、単なるいなか道というだけで、そこにもきらきら光るものがない。やっぱり天気のせいもあるんだろうけど退屈。
上島から下島へ渡る。切支丹館だとかあったんだろうけれど、本渡も単なる一地方の町にしか見えないまま本渡を通過。県道24で下島を横切って下田温泉へ。やっと雲も切れてまた真夏の太陽が照りつけだしたんだけれど風呂にする。共同浴場はどうやらつい最近に建て替えられたらしくクアハウスと同じ建物の中にあった。入り口は同じで、入ったところでクアハウスと共同浴場に別れる。どないちゃうねんというもの。当然、安いほうの共同浴場に入ったけれど、湯はきっと循環だろう、いまいち(-.-) 小ぎれいすぎんだよって、それはボクの不満であって、誰だってすすけた風呂より真新しいきれいな風呂に入りたいはず。でも..
とにかく風呂に入ってきれいきれいになって気合いも入れ直したところで、ちょっとは天草らしくなってきた、というのも変か(-。-;) そしたら天草らしさってなんだって聞かれるな。ひとりツーリングに出て、見知らぬところを走ってるなという感じになってきたということかな。そこまでの天草は、別に天草を走らなくても実現されそうなところだった、というのが正しい表現だな。
しかしちょっと天気を持ち直したのは風呂に入る直前だけ。相変わらずうっとおしい天気。だーっと降りださないのが不思議なくらい。「爽快感あふれる2車線サンセットライン」とツーリングマップに書いてるけれど、とてもそんなんと違うて、ただひたすら車のほとんど通らない道を走るだけだから、じきに大江に着いてしまった。まずはロザリオ館に入ってみる。別になんてことはなくて、天草ってところは島原の乱というより、そのあとの隠れ切支丹の地だってことを知ったくらい。ロザリオ館のすぐ裏の丘の上に大江天主堂までバイクで駆け上がる。ふー、こういうところはひいこら言いながら歩いてあがってこそ値打ちがあるんじゃないのか。
観光客はほとんどいなかった。しんと静まり返った天主堂の中に入ってみると、シスターがひとり両手を前に組みあわせてじっと祈りを捧げている。そういうところで物見遊山的に、ほーっとか、あたりを見回すだけの観光客ってのもおるんだろうな。誰も信じないかもしれないけれど、その雰囲気の中でボクもちょっと離れた長椅子に腰掛けてしばし黙想、懺悔。誰や、(笑)とるのは(^_^;) いやマジでちょっと敬虔な気持ちに浸りたいときもあるやろ。少なくともそのときボクはそうやったんよ。何を懺悔したかって、それは、ひ・み・とぅ(笑) ああ、ちょっとハニーのことを考えてたんです。ハニーのことで反省なんてガラにもないことをしてたんですぅ。もっと優しくならないと、なんて考えてたんです。
シスターがふうっとボクの方を振り返って軽く会釈する。ボクもそれに返して会釈した。ボクよりも5つ、6つ年上だろうか。シスターはまたさっきまでの姿勢に戻って何かを祈り続けている。ほとんど音というものは聞こえない。耳の奥でジーンと耳鳴りがする音だけが聞こえる。ううん、やはりここは観光スポットである以前に、現実的に彼女にとって、なんというたらええのか、祈りの場所というか、宗教上の空間で、そういうところにずかずか踏み込んで行くのもためらって当然なんかなぁと思えてくるのね。ボクは席をたちあがって、聖堂の壁に掛けられた額を2,3枚見た。どれもキリストが十字架を背負って歩く姿。『天主堂維持のため、パンフレット100円でお願いします』と書かれてあって、献金箱がおかれてあった。50円玉と10円玉5枚、入れて外に出た。外に出てブーツのひもを締めていると、シスターが聖堂から出てきた。
「どちらからですか」
「大阪です」
「わたしは京都の山科なんですよ」
とシスターは静かに話す。
「19のときに修道院に入りまして」
「函館ですか?」
と、修道院といえば函館しか頭にない。ちょっと情けない。大阪がいちばん修道院が多いらしい。こういう場合、どうしてそんな若いうちに修道院に入ってしまったんだとか聞いてはアカンのだろうな。ふっと三島の『春の雪』で聰子が出家したのが頭に浮かぶ。ハニーが突然修道院に入るなどと言い出したら、なんてことまでふっと頭をかすめる。
「きょうはどちらまで」
「牛深からフェリーに乗って鹿児島に渡ろうと思ってるんです」
「野宿されてるんですか。なんなら裏の保育所のところが空いているのでそちらにお泊りなってもいいですよ」
空は黒い雲がどんよりとたれこめて、いつ降り出してもおかしくない様子だった。あのとき、雨さえ降っていたら、え、ほんとうに泊めてもらってもいいんですか、と答えてたかもしれない。でもなんだか聖なるところに、というのが先にたってしまう。うーん、いま考えてみると、そういうところで一晩眠るというのも二度とない経験になったかもしれないのに、
「あ、いいです、いいです。まだもう少し走っておきたいし」
などと答えてしまっていた。

大江から崎津までもほんのわずか。空はますます黒くなってきた。どうしてシスターの申し出を断ってしまったのか後悔し始める。
崎津は小さな漁村で、猫が一匹ゆっくりと歩いていた。その漁村にとって、そこに建つ天主堂は以前はもっともっと異質な空間だったように思える。天主堂の中をちらっと見る。がらんとして誰もいない。そこにじっと一人たたずんでいようとしても時間がもちそうにもない。外に出るとまたぽつぽつ雨が降り始めた。気分はどんどん沈んでいく一方。どうして大浦のシスターの申し出を断ってしまったのか。。。
時間的にさほど遅いわけでもない。まだ5時になるかならないかの時間なのに、もう7時近くに感じられるのは天気のせいか。何かをかなぐり捨てるように牛深まで一気に走る。なんとか雨だけはもちこたえた。牛深から長島までフェリーはさほど待つこともなくじきに乗れた。フェリーの中からモッチャンに携帯を入れて20日に天神近くのビジネスホテルの予約を頼む。地図をよくみるとフェリーで渡った先の長島はまだ本土でなかった。その長島の海沿いの道を車について走って、本土とつなぐ橋の食堂にとびこんだ。48歳の誕生日を刺身定食でひとりで祝う。

しっかり日が暮れてR3を坦々と南下する。串木野でコンビニで明日の朝の食材と爪切を買って、念のために水を入れてもらおうとペットボトルをカウンターのねえちゃんに渡したら、ペットボトルの外側に水をじゃあじゃあかけて洗ってくれてる。そんなん洗ってもらわなくてもいいですよーって。 R270に入るとあたりは真っ暗。市来から吹上浜まで少しと思ってたのにけっこう遠く感じた。やっとのことで吹上浜のキャンプ場に着いたのがもう9時を回ってたか。事務所で200円(だったと思う)を払って、がら空きのキャンプ場にテントを張ってふっと一息。お盆も終わってしまったせいか、静か。

 温泉三昧
   吹上浜〜指宿〜鹿児島〜吹上浜
■ 99/08/18 Wed ■ 

きのう一日、いやおとといの夕方からずっとぐずついた空模様だった。今朝はやっとのことですっきり晴れた。そうしたら気分も全然ちがう。キャンプ場から歩いて浜まで散歩しようとしたけど、けっこうありそう。しんどいから途中で引っ返した。そういえば海辺のキャンプ場なのに潮騒も聞こえなかった。
ゆっくり朝ごはんして、バイクで浜まで走ってみた。なんてことはない浜だった。テントはそのままにして空荷で枕崎を目指す。1時間ほど。
枕崎の町の中に入ってくると独特のにおいがする。臭いにおいではなくてどこか懐かしいような、そのまま走っていると、はっと気がついた、鰹節のにおいなのだった。国道脇に鰹節工場があってバイクを停めてちょっとのぞいてみた。

北海道の果ての駅が根室なら、九州の果ての駅は枕崎という感じがして、枕崎駅に寄り道してみる。陽光のせいだろうか最果てという感じはぜんぜんしない。ホームに出てレールの先がないのを見ると、やっぱり端っこなんだなぁとしみじみ思う。ただし枕崎が最南端の駅ではないんだけど、とにかく終着駅であることは確か。待合室の木のベンチに座っておばちゃんたちがひどい早口の鹿児島弁でしゃべっていた。さっぱりわけわからんって(笑) さながらこの待合室はここらあたりのサロン、井戸端みたい。
指宿までR226を開聞岳に向かって走る。ただし頂上は雲をかぶって見えなかったが。陽光が眩しい。なにかギラギラと輝いているような陽光。大山を過ぎたところでR226からそれて鰻湖のほうに上がって行く。上がりかけてすぐ、養豚場でひどく臭い。なるほど、なるほど、鹿児島黒豚だなぁと息を止めて走ってると、ホテル湖畔というラブホがあった。うひゃひゃ、せっかく口説き落としてラブホに直行しようとしても鹿児島黒豚の臭いでムードもへったくれもなくなるやんかぁなどとアホなことを考えてたら、じきに鰻温泉に着いてしまった。温泉の小さな集落の一番奥に共同浴場があった。早速200円だったか300円だったかの入浴料をおばちゃんに払って風呂にとびこむ。別にこれと言った温泉ではなかったけど、だれも居ないがらんとしたタイル張りの浴槽で手足を思いきり伸ばすと気持ちがいい。脱衣場に常連のおっちゃんのだろ、タライとかと一緒にひげ剃りもあったので、こっそり拝借。病気? そんなもん知るか(笑)
湯から上がって外に出ると汗がどどどぉーっと噴きだす。日陰においてあった椅子に座っていると、湖を吹き抜けてくる風が心地よい。番台のおばちゃんが、どこから来たんだ?って話しかけてくる。大阪と答えると、娘が堺に住んでるんだとか、あれやこれやとしゃべりかけてきた。共同湯の向いの家の塀の下にも温泉が湧いてきているようで塀の下から噴煙だか湯けむりだかが噴きだしているのにはちょっと驚いた。
指宿まで来たからにはいちおう砂蒸しだろう。市営なのか立派な建物に入っていくが、どうも温泉というイメージとはほど遠い。ホテルのような、ひどく立派なクアハウスってところ。砂蒸し用の浴衣に着替えて、いざ砂蒸しの場所へ。向こうからはすでに砂蒸ししてもらったおばちゃんやら、おねえちゃんやらが砂だらけの浴衣で戻ってくる。若いおねえちゃんの砂だらけでちょっと濡れた浴衣姿ってのはどことなくいいです(汁) 従って極力おっちゃん、おばちゃんは見ないようにしました。しかし砂蒸しってのは変だ。夏だから陽射しを避ける意味ですのこを張った下に、10m四方ぐらいのコンクリートで囲まれた砂場、まさに公園の砂場みたいなのがあって、そこにずらっと寝ころんで砂が盛り上がっている光景はあんまり情緒もへったくれもないなぁ。当然みんな観光客ばかりだし、おまけに砂をかけてもらうにも順番待ち。30分も待たされるわけじゃないからいいんだけど。やっと順番が回ってきて、すこし窪ませた砂に仰向けに寝転がると、スコップでおばちゃんが砂をかけてくれた。ただそれだけ、べつにそれ以上のことはなにもない。手の先まで埋められるので自由がきかない。汗が額を伝ってきてもぬぐうこともできない。頭の上の方ではファミリーがうるさかった。砂から出ると、大浴場の方で砂を落として、あとは温泉というよりただの風呂屋ってところ。印象的には話のタネになったなというだけのこと。もっぺん行くかと聞かれれば、もういいです。また別のとこで砂蒸しやってんだったらゆっくりしてみたいとは思うけど、'あの指宿の砂蒸しはもういい。

 ちょっとがっかりしながら、おつぎはサライの共同湯特集に載ってたごらん湯へ。ちょっと探したなぁ。二月田のほうというので、そっちへ行ってみたが見当たらない。右往左往して畑の中の道を抜けて行ったら、ぽこっと目の前に現れた。サライに載ってたのと同じのが。むふふ、こっちのほうが砂蒸しなんぞに比べればずっと性に合ってるな、と入り口まで行くと、明らかに地元の人間とわかるおっちゃんが5,6人、板に囲まれた湯につかってたりするのが見えた。ところが、その入り口に、権利者以外の入浴禁止のむね書かれてるではないか。入り口の右側にはその管理者の名前がずらっと掲げられている。ちょこっと覗いて中のおっちゃんに尋ねると、一般の人はこの裏手に一般用の風呂があるからそっちに行きなさいという。ううう、せっかく大阪から来たんだからこっちに入りたいと駄々こねるわけにもいかない。考えてみたら、こうした共同湯は地元の人が自分らのために共同で出資して、共同で管理してるわけだ。そこへサライなどの雑誌を見て、どっと押しかけたりしたら、その温泉は、そこの人たちの生活の一部で、その生活さえ脅かしかねないことになる。単に禁止とされるより、さらに一般人用に風呂を設置してくれてることに感謝しないとダメなんだろうな。ちょっと残念ではあったけれど、裏手のほうの風呂に入る。が、その裏手の風呂はコンクリートむきだしにもかかわらず、なかなかのもんだった。そこの管理者ではないけれど、ちょっと離れたところからここまで入りに来てるというおっちゃんと二人でゆっくりつかった。
風呂から上がるとギラギラしていた陽光も少しは翳りを見せ始めてた。地元用入り口のすぐ横の休憩所に座って汗がひくのを待つ。暑いことは暑いけれど、なぜか空気が乾いている。海が近いのになでだろ。
池田湖の北側を回って開聞町のほうに戻る。ここらでそろそろ飯食っておかないと、昼めし食うのも忘れてた。でもうまいところをさがす根性がいまいいち湧いてこないで、もう10年ほど前に仕事で行ったことのある唐舟峡?だかで流しソーメンを食う。円形のプラスチックの容器の中を流れる水に自分でソーメンを入れると、そこをソーメンがぐるぐる回る。それをまた自分で箸ですくって食う。何人かいればまだワイワイやってられるんだろうけど、一人でそれをやってると情けなくなってくる。それとニジマスの塩焼き。後日談だけれど、Bに流しソーメン食ったことあると聞いたら、京都の鞍馬の川床で食ったという。鮎がついてたって。ううう、やっぱり
開門から長崎鼻までの県道はひどく快適。そして計ったような夕陽タイムが長崎鼻で待ってた。

男ひとり黄昏るの図
何、考えてんだか(^_^;) ひとり黄昏る自分に酔いしれてるわけで、なにせナルナル・ナルちゃん(自爆)

すっかり日が暮れて指宿に戻って、もういっちょ温泉と、弥次ケ湯へ。ここもなかなかわからんかったなぁ。通りからちょっと入ったところで、一瞬ほんとにタイムスリップでもしたかのような気持ちになった。銭湯というほどでかいわけではないが、風呂上りの夕涼みがとても似合うような気がする。
   ※「鰻温泉」「ごらん湯」「弥次ケ湯」については温泉ページも見てね。
鹿児島に向けて暗い道をひた走る。めざすは鹿児島ラーメン。鹿児島市に入ったあたりから道は広くていいのだがやたらに信号の系統が悪くていやになる。鹿児島の市街地に入ってでたらめに走ってたら、西鹿児島の駅前に出た。そこでバイクにまたがって止まっていた茶パツの高校生?をつかまえて、ラーメンおいしいとこどこ?と聞いてみたが、どうもこれと言ってうまいラーメン屋なんかないという。鹿児島のいちばん賑やかなとこはって聞いたら、それは天文館通りだとか、うんうん、その天文館通りというのは聞いたことがあるな。鹿児島は遊ぶとこなんかなぁーんもないとか、いいなぁ大阪かぁ、ってな調子。教えられた通り天文館通りに行って、バイクを停めて、歩いてラーメン屋をさがすけれど、これだってのがない。それより、天文館通りってのはなかば風俗街で、やたら表にキャッチがいる。まぁこっちはきったなぁーい格好なもんで声はほとんどかけて来ませんが、これって喜んでていいのか(^_^;) めんどくさくなって、そこらのラーメン屋で妥協したけど、やっぱり妥協したからか美味くなかった。よくよく考えてみたら鹿児島ラーメンなんてほんとにあるんだろか、茶パツ高校生?の反応にしても、鹿児島→ラーメンという反応じゃなかったもんなぁ。「鹿児島ラーメン・真琴」「ニンニクラーメン・さつまっ子」なんてのが大阪にあるから、鹿児島→ラーメンなんて図式ができあがってるだけで、ほんとはそんなもんないんじゃないか。
最後は満たされないまま、鹿児島からテント場の吹上まで薩摩半島を横断するかたちで小1時間。変えったらドテっと寝てしまった。