nikki-site 雑文速報
 あいうえお順INDEX 



 ▼ 勅使河原宏『他人の顔』 (1966 日)


 高校生の頃(30数年前)、安部公房の『赤い繭』という短編が教科書に入っていて、授業の時にその感想文を書かされた。その感想文に対して吉本先生が「現代文学というのは謎解きじゃないんだよ」と言われたのがすごく心に残っている。その『赤い繭』がきっかけになって、一時立て続けに安部公房ばかり読んでいたことがある。そして安部公房に限らず、難解で読んでもわけのわからないようなものばかり好んで読むようになったのは、その吉本先生のおかげだといまでも感謝している。

 さて当然『他人の顔』も読んだけれど、どんなんだったか、忘れましたぁ(^◇^;) その当時、「アイデンティティ」なんて言葉を語ることはなかったけれど、自分の顔を無くしてしまった男(仲代)が「他人の顔」をもつことによるアイデンティティの喪失、なんて今なら言うのだろうな。事故で顔を火傷してしまった男(仲代)が、妻にまで拒否されたのに対して、他人の顔のマスクを得ることで他人になりすまして、その妻を誘惑しようと企てる、というのが話の本筋。
 この『他人の顔』は原作以上にシュールだし、むちゃくちゃ品のいいホラーだと思う。もちろん脚本も安部公房が自ら書いているので、原作以上に濃くなっている、なんて原作は忘れてしまってんだけど、もっともらしく書くでしょ(苦笑) 
 どういうわけだか、精神病院の医者(平幹二朗)と看護婦(岸田今日子)の病院の診察室というのは全くもって演劇的。さまざまなマスクや、医療器具といったオブジェを配しただけの演劇舞台にしつらえてしまっている。とくに最初にこの診察室が出てくるシーンの壁に注目。壁面いっぱいに耳をかたどってあるぞ。(と、いま気がついた、美術が磯崎新なのだ!)もちろん最初の義手や、レントゲン写真の顔、というか骨格がしゃべるとか、人体模型が即物的に恐怖を語るように、無機的なオブジェによってホラー感を誘っていく。そして岸田今日子、ボクはむちゃくちゃ好きなんだけど、彼女がここで思いきり看護婦の役にはまっている。京マチ子と好対象な存在で、あぶない、あぶない。彼女の存在で、この診察室が怪しくてたまらなくなっている。
 一方京マチ子は、仲代が京マチ子を誘惑するくだりでの、二人の足の演技はそれはそれはすごい。それにあの京マチ子の裸はスタントじゃないよな。ただときどき関西弁がぽろっと出てきたりして、あれ?って思ってしまう。そうすると、やっぱりこれは仲代達也の一人舞台なんでしょね。
 ところで並行して進む、今でいう「ユニークフェイス」の入江美樹の話って必要なのか。原作にはなかったはずだと思うのだが。「ユニークフェイス」に対しては最近になってようやく動きだしたばかりで、当時としてどうにもならなかったにせよだ。それとも医学部出身の安部公房の提議だったのか。
 「顔」そのものでなく「仮面」、好む好まざるに関わらず、仮面を被らざるをえない不条理性が大きなテーマであったはずなのに、文学でなく映画としてあからさまに提示されたときに、そこから逸脱してしまう危険性をはらんだ両刃の剣に思えてしまう。

La Flor De Mi Secreto
製作 堀場伸世 / 市川喜一 / 大野忠
監督 勅使河原宏
脚本・原作 安部公房
撮影 瀬川浩
美術 磯崎新 / 山崎正夫
音楽 武満徹
出演 仲代達矢 / 入江美樹 / 京マチ子 / 平幹二朗 / 岸田今日子 / 岡田英次
★★★★



↑投票ボタン



2002年09月28日(土)
 ≪   ≫   NEW   INDEX   アイウエオ順INDEX   MAIL   HOME 


エンピツ投票ボタン↑
My追加